宇宙際タイヒミューラー理論の論文を解読しよう(5)
前回,星先生の,「絶対ガロア群による数体の復元」を見ていました.§2以降は,復元アルゴリズムについて書いていますが,かなり技術的詳細に踏み込むため,後回しにして,先に,「宇宙際」の部分について見てみることにしましょう.(繰り返しますが,このブログは解説ではなくて,ただの自分の勉強記録なので,間違いがたくさんあると思います!)
加藤先生によるIUTの解説では,宇宙と宇宙の間で,「対称性通信」を行うと説明されていました.この対称性通信について現時点では直接的に勉強するのは難しいので,まずは「簡単版」で雰囲気だけ見てみることにしましょう.
まずはガロア理論に関する例で,望月先生の「数論的Teichmuller理論」に挙げられていたものです.相異なる素数について,位数の有限体は,位数が異なるので,明らかに同型ではありません.この2つの体の間には,「標数の違い」というかなり大きな壁があるのです.しかし,対称性に注目するとどうでしょう.
という,両辺の(位相的)生成元を対応させることによる絶対ガロア群の同型があるのです.(有限体の絶対ガロア群は,その代数閉包の間の乗写像で生成される無限巡回群の閉包でした.)標数の異なる有限体という実体のある数学的対象では,関係を見出すことは難しかったものの,それらの「対称性」という実体の無さそうなものに注目することで,関係を見出すことができたということです.IUTの論文の中で,宇宙の壁を越えるものとして登場するのは,「フロベニオイド」というものらしいので,このに似たものなのかもしれませんね.
また,星先生の「宇宙際Teichmuller理論入門」の4章に,「宇宙際Teichmuller理論の主定理の雰囲気」というものが載っていますが,これは,通信を利用して,ABC予想のような数値的な結論を導くにはどうすればいいかということの雰囲気を説明しているものと思います.数値的な結果が出せるための重要な条件が,「とある数学的対象(数論的直線束と呼ばれるもの)の次数をそのまま計算しても,通信を通して宇宙の壁を越えてから計算してもさほど変わらない」ということであり,これがIUTの主定理が言いたいことのようです.
数論的直線束そのものは少し難しそうですが,おそらく数論的直線束の簡単版として,整数環のイデアルの例が載っているので,まずはそちらから見てみようと思います.
宇宙際タイヒミューラー理論の論文を解読しよう(4)
前回,星先生による,「絶対ガロア群による数体の復元」を見ていて,ノイキルヒ・内田の定理による,絶対ガロア群からのもとの数体の復元は,具体的に元の数体を再構成できるほど強い復元ではない(復元には、レベルがある)といった内容を書きました.この続きですが,望月先生は,この復元のレベルの違いを,「双遠アーベル的復元」と「単遠アーベル的復元という言葉で説明しました.
を数体とし,をそれぞれの代数閉包で, をそれぞれの絶対ガロア群であるとする.
双遠アーベル的復元とは,以下の二つのいずれかを示すことである:
1.
2. 全単射が存在する.
一方で,単遠アーベル的復元とは,
3. を入力すると,を出力するような,関手的な群論的アルゴリズムを具体的に構成する
ことである.
が成り立ち,3の復元が最も強いということになります.また,ノイキルヒ・内田の定理は,2の双遠アーベル的復元の例になっています.しかし,この定理は,数体に関しては,単遠アーベル的復元は与えていないそうです.この資料タイトル「絶対ガロア群による数体の復元」の「復元」は,「単遠アーベル的復元」を指しており,双的復元しか達成していなかったノイキルヒ・内田の定理の強化版を伝えるものになっているようです.
以上が§1の大まかな内容です.§2では,局所的な単遠アーベル的復元を解説しているようです.局所的な復元操作を「束ねる」等して,大域的な復元操作を実現するということかなぁと思っています.(まだ見てませんが.)
宇宙際タイヒミューラー理論の論文を解読しよう(3)
宇宙際タイヒミューラー理論の準備論文の内容に入門する必要があるということでしたが、それは、遠アーベル幾何学に入門する必要があるということです。そのテーマのひとつに、
与えられた数体の絶対ガロア群から数体を復元する
というものがあるらしいです。数体というのは有理数体の有限次拡大のことでした。数体の絶対ガロア群(=対称性の情報)がもともとの数体の情報を十分に持っていれば、もともとの数体がなんであったのかを、ガロア群を設計図として復元できるのではないかということですね。星裕一郎先生の講演内容を纏めた資料「絶対ガロア群による数体の復元」を見ていくのが良さそうと思ったので、これの解読からチャレンジしましょう。
まず、この復元に関しては、「ノイキルヒ・内田の定理」という古典的定理が答えの一つを出しているとのことです。次が主張です。
に対し, 大域体を考え, その分離閉包を固定する. ガロア拡大からその(絶対)ガロア群が定まる. を体の図式から体の図式への同型射の全体の集合であるとし, を位相群から位相群への同型射の全体の集合であるとする. (無限次ガロア理論で学習したように, 絶対ガロア群にはクルル位相が入っており, この位相で位相群になった.) このとき、以下の全単射がある:
以上がノイキルヒ・内田の定理というやつですね。この定理から次が分かります。
確認しましょう。とすると、この同型は、それらの分離閉包の間の同型に拡張されたことから、 は空ではないことが分かります。ノイキルヒ・内田の定理の全単射を通して、も空でないことが分かり、, の間にも同型が存在することが分かります。逆も同様です。
これで、絶対ガロア群が異なる(同型でない)という情報から、もともとの大域体も異なるという情報が得られます。絶対ガロア群は大域体の不変量になっている(大域体を絶対ガロア群で分類できる)という言い方もできます。さらに、分類できてるだけでなく、絶対ガロア群を指定することで、それを絶対ガロア群とする大域体も一つに決まりますから、この不変量は「完全」ということになります。特に、数体は大域体です。
この現象を、「数体はその絶対ガロアを用いて復元可能」というように表現することがあります。しかし、「復元」といっても、この定理では、与えられた絶対ガロア群からそれを与える体(の拡大)の形を具体的に求めることは難しそうで、「復元」にもレベルがあることが推察されます。
宇宙際タイヒミューラー理論の論文を解読しよう(2)
IUTの論文を読むためには, 準備の論文から丁寧に取り組まなければ理解することは難しいそうです。『宇宙際タイヒミューラー理論の検証:進捗状況の報告(2013年12月現在)』によれば、
[HASurI], [HASurII], [SemiAnbd], [FrdI], [FrdII], [EtTh], [AbsTopIII], [GenEll]
等の論文が準備の論文として挙げられていますから、これらの論文を読むことが必要条件です。しかし、これらの準備論文自体もなかなか難しそうで、各準備論文に、さらにどのような準備が必要になるのかを検討していきたいです。
まず、学部レベルの数学は当然として、数論幾何学の準備として、類体論、楕円曲線、スキーム論の基礎知識は少なくとも必要になるかと思います。その上で、対数幾何学や、アーベル多様体、モジュライ、還元、進表現といった知識が最低限必要になってきそうです。
多く見えますが、消化できない量ではないはずなので、地道にやっていこうと思います。
宇宙際タイヒミューラー理論の論文を解読しよう(1)
宇宙際タイヒミューラー理論によって、予想が解決されたそうですが、論文が専門家にとっても難しくて、なかなか理解できないそうです。私も見てはみましたが、難しい数式が並んでいて、現状何もわからないですねー。
予想そのものについて解説した動画や資料は、論文発表から数えても10年経った今、本当にいっぱいあるのですが、「宇宙際タイヒミューラー理論」そのものを解読して理解しようとするチャレンジは、あまり見かけません。
そこで、宇宙際タイヒミューラー理論を解読しようとするチャレンジを、暇な時にブログとして残していこうかなと思います。(解説とかは、現時点では、私には到底できませんが、試行錯誤とかを書こうかなと。)というわけで、よろしくお願いします。